先日、東京で新潟県出身の国会議員と酒席を共にさせていただきました。私が島根県人であることに端を発し、江戸時代から明治時代初期には新潟県とともに島根県は東京都より人口が多く、一人当たりの納税額も全国有数で、繫栄していたことを話してくださいました。現在の島根県の人口は65.7万人に対し東京都は1403万人で、約20倍となっています。この数字を見れば、島根県の人口が東京都より多かったことは信じ難いですが、約150年前の1877年には島根県の人口は103万人(当時は島根と鳥取が一つの県であった)で、東京都が96万人でしたので、確かに上回っていたようです。その背景には、当時は経済の中心が第一次産業であったことから、米を育てるのに適した肥沃な土地が多いことや、流通の主役が海運で、潮流に逆らわない北前船が海運の主役であったことなど、様々な自然条件に恵まれたことがあったようです。
現在、鳥取の人口は54.3万人、島根は65.7万人となっています。この2県が全国で最も人口の少ない県の二つに数えられています。しかしながら、私たちの暮らす山陰には、全国の他の地域に負けない豊かな自然や歴史、文化があります。その証は、明治時代初期までは経済規模や人口において東京を凌駕していたことであります。残念ながら、今の時代は停滞していますが、高いポテンシャルを有した地域であると言えます。
現在、中海・宍道湖・大山圏域(米子圏・松江圏・出雲圏)が一体となって、産業や観光の振興が始まろうとしています。この圏域の人口は65万人で、日本海側では有数の人口集積地であり、特徴ある産業や観光資源を有しています。この振興策の中核となるのが中海と宍道湖の沿岸を『8の字』につなぐ高規格道路ネットワークで、この圏域が強固に連携し発展していくには不可欠なインフラです。
空路で東京から出雲空港に近づくと広大なパノラマを見ることができます。大山山麓から弓ヶ浜半島へと美しい曲線が続き、そこから中海、宍道湖を囲み沿岸には肥沃な土地が大社湾まで続きます。その中でも出雲空港から西に広がる出雲平野の田園風景は日本の原風景であるといえます。
今週は全国の神様が出雲にお集まりになられます。最近、出雲の歴史と文化や自然の恵みである豊かな食材は全国的に注目度が高まってきました。そのことは、この地域に暮らす私たちの誇りであると思います。地域で暮らしていると、その素晴らしさを見落としがちになりますが、今しばらく行楽に適した気候が続き、秋の恵みが満喫できます。この機会に地域の素晴らしさに触れ、そこから得た『郷土愛』をエネルギーとして“地域に役立つ仕事”を行い、地域の発展に貢献できるよう取り組んでまいります。
和田晶夫