島根県では、平年ですと六月初旬に入梅し、七月中旬に梅雨明けします。この一月余の期間は前線や気圧の谷の影響で不安定な天気が続き、一年を通じ最も降雨量の多い時期であります。
この時期の雨は、農作物の生育や豊かな大地を育むためには欠かせないもので、天の恵みと考えなければなりません。しかしながら一方では、過去に幾度も集中豪雨により大きな被害を受けていることも事実であります。
島根県における集中豪雨被害について振り返ってみたいと思います。
◇平成18年梅雨前線豪雨
7月15日~22日にかけての梅雨前線豪雨により県東部を中心に床上浸水373戸、床下浸水1603戸という大きな被害が発生。
昭和47年豪雨以来の宍道湖、大橋川の水位上昇により広範囲で浸水被害を受けた、出雲市では神戸川の氾濫により大きな被害を受けた。
雲南市、美郷町ではがけ崩れ、地すべりにより人的被害、住家被害等が生じた。
◇平成9年梅雨前線豪雨
7月2日~18日にかけての梅雨前線豪雨により、旧出雲市内、旧平田市内で新内藤川、平田船川の氾濫により家屋の全壊・半壊9戸、浸水757戸が発生。
◇昭和58年梅雨前線豪雨
7月20日~21日にかけての梅雨前線により、島根県西部地方を中心として、人的被害では死者107名、住宅の全壊・半壊3041戸、浸水13996戸が発生。石見部では国道9号をはじめとする幹線道路、山陰本線は3週間に亘って遮断された状態が続き、水道、電気等のライフラインも長期間に亘って停止した。
◇昭和47年梅雨前線豪雨
7月9日~15日にかけての梅雨前線豪雨により県下全域で人的被害では死者28名、住宅の全壊・半壊1986戸、浸水38294戸が発生。
松江市や出雲平野東部をはじめとする宍道湖沿岸は、一週間以上浸水し25000戸の家屋が浸水被害を受け、出雲空港は10日間にわたり全面閉鎖となった。
当社の創業年である昭和47年以降の梅雨時期の集中豪雨被害述べました。島根県は、気象、地形、地質等の自然的条件により災害を受けやすい条件下にあり、全国でも有数の災害発生県であることはいまさら申すまでもありません。
先週、宮城県測量設計業協会の方々と復旧業務に携わっておられる技術者の案内をいただき、仙台~女川の沿岸部を視察させていただきました。
沿岸部の津波被害を受けた集落の惨状は想像を絶するものであり、見渡す限り荒涼たる風景が続いています。
震災発生から一年余が経ちます。残念ながら、メディア等で取り上げられていない為、広く知られていませんが、被災地の同業者、技術者は震災の翌日から不眠不休で被害の調査、査定設計にあたり、今でも引き続き復旧復興業務に取り組んでおられます。
懸命に働く彼らの姿に触れ、その崇高な使命感に感動しました。
国民にとって、安心安全に暮らせる国土創りは永遠のテーマです。しかしながら、いかなる防災対策を講じても、全ての災害を未然に防ぐことは出来ません。特に日本列島は地震、風水害に対し脆弱であり、冒頭に申し上げたとおり、島根県もその典型であると言えます。
当社では創業以来、災害復旧支援を企業の果たす社会的責任であると位置づけ、過去の災害発生時には全社を挙げて復旧支援業務を行っています。大きな災害が発生しないことが一番良いのですが、起きた場合には全社を挙げて対応することが会社の方針であることを改めて認識しておいてください。